FIELD JOURNAL / SHRINE VISIT

杭全神社

写真と御朱印と、歩いて気づいた小さな発見。

2026年10月24日(土)、大阪市平野区にある杭全神社(くまたじんじゃ)へ行ってきました。JR平野駅から歩いて向かったのですが、帰ってから地図を見直して「あれ、大鳥居を通ってない……?」と気づきました。どうやら参道の途中から入っていたみたいです。

境内では大きな木に目を引かれたり、連歌所の石碑を見つけたり。見たものをそのまま写真に残しつつ、あとから調べて分かったこと、まだ分からないことも一緒に書いておこうと思います。

大鳥居はどこ? 参道の途中から入っていました

最初に気になったのが、参道の入口で見かけた二本の石柱。横木がないので「これも鳥居なのかな?」と思って写真を撮りました。形としては注連柱(しめばしら)に似ていますが、この石柱の正式な呼び方までは確認できていません。

杭全神社の参道入口に立つ二本の石柱
参道の途中で見た二本の石柱。大鳥居とは別のものです。

あとから地図を見ると、国道25号の宮前交差点付近に大鳥居があって、そこから続く参道が「御幸筋」と表示されています。今回はJR平野駅側からその途中に入ったため、大鳥居を見ずに境内まで来てしまったようです。うーん、次に来るときは大鳥居から歩いてみたいですね。

境内でまず目が留まった、大きな木

境内に入ると、まず大きな木の存在感が目に入ります。枝が広がる様子も、根元の力強さも、写真で見ると改めてすごい。木の周りには柵が設けられていて、案内板もありました。

杭全神社の境内にある大きな樹木
境内の大きな木。幹の太さも枝の広がりも印象に残りました。

由緒の案内も写真に残したので、参拝したときの景色と、神社の歴史をあとからゆっくり見比べられます。写真を撮って終わりではなく、帰ってから分かることもあるんですよね。

拝殿と三つの本殿、それぞれの御祭神

石畳の先には門があり、その奥へ進むと社殿が見えてきます。緑に囲まれた朱色の建物も気になって、何枚も写真を撮ってしまいました。あとから調べてみると、杭全神社には拝殿のほかに第一・第二・第三の三つの本殿があるんですね。

杭全神社の大門と石畳
参道から境内へ。石畳の先に見える門。

拝殿

こちらが拝殿。屋根が大きく広がっていて、正面に立つと落ち着いた雰囲気です。写真を見返してみると、手前の石畳から社殿までの景色もきれいでした。

杭全神社の拝殿を正面から撮影
拝殿(IMG_6845)。奥に三つの本殿が並ぶ神社の参拝の中心となる建物です。

第一〜第三本殿の拝所と回廊

拝殿の奥にあるのが、第一から第三までの本殿が並ぶ一帯。写真に大きく写っている朱色の建物は本殿そのものではなく、各本殿の前にある拝所と回廊です。本殿はそのさらに奥にあって、写真では細かいところまで見えにくいのですが、それぞれに違う神様がお祀りされています。

杭全神社の第一から第三本殿の前にある拝所と回廊
三つの本殿の前にある拝所・回廊(IMG_6834)。奥に第一〜第三本殿が並びます。

公式案内によると、三つの本殿は向かって左から第一本殿、中央が第二本殿、右が第三本殿。お祀りされている神様は次のとおりです。

  • 第一本殿:素盞嗚尊(すさのをのみこと)。杭全神社の始まりとされる、862年創建の祇園社につながる神様です。
  • 第二本殿:伊弉册尊(いざなみのみこと)、速玉男尊(はやたまのをのみこと)、事解男尊(ことさかのをのみこと)。熊野三所権現としてお祀りされています。
  • 第三本殿:伊弉諾尊(いざなぎのみこと)。熊野證誠権現としてお祀りされている神様です。

こうして見ると、ただ「本殿が三つある」というだけではなく、祀られている神様もそれぞれ違うんですね。参拝中は建物を眺めるのに夢中でしたが、帰宅後に写真と神社の案内を照らし合わせると、新しい発見がありました。

※本殿の祭神・配置は杭全神社の公式案内を参照。写真手前の拝所・回廊と、その奥の本殿を区別して記載しています。

杭全神社の境内にある朱色の鳥居
境内の朱色の鳥居。国道25号側の大鳥居とは別の鳥居です。

絵馬や案内、そして工事中だった場所

絵馬がたくさん並ぶ場所や境内の案内も撮影しました。一方、田村社は参拝したとき工事中。覆いの掛かった場所や工事区画の近くも写真に残っています。ただ、写真に写る工事設備がすべて田村社に関係するのかは確認できていません。

杭全神社の境内で絵馬が並ぶ場所
絵馬が並んでいる場所。境内の一角で撮影しました。
杭全神社の境内で覆いが掛けられた工事区画
工事中だった境内の一角。工事の対象・期間は未確認です。

工事の内容やいつまで続くのかは分からなかったので、ここは「2026年10月24日に見た様子」として残しておきます。

連歌所の石碑は見つかった。でも建物は……?

今回、少し迷ったのが連歌所です。「連歌所」という石碑は見つけられました。ところが、その先に進んでも、どの建物が連歌所なのかはっきり分かりませんでした。

杭全神社連歌所の石碑
「杭全神社連歌所」と刻まれた石碑。ここまでは確認できました。

周辺には、建物の脇に続く石畳や板塀、竹で覆われた石造の設備がありました。何となく井戸のようにも見えますが、用途を示す案内は確認できていません。

杭全神社の連歌所周辺にある建物脇の石畳
連歌所の石碑の近くで撮った、建物脇の通路と石畳。
杭全神社の連歌所周辺にある板塀と石段
同じ周辺で撮影した板塀と石段。
杭全神社の連歌所周辺で見た用途不明の石造設備
竹のようなもので覆われた石造の設備。井戸に似ていますが用途は未確認です。

分からないからといって、無理に名前を付けるのも違うかなと。今回は石碑と周辺の様子を見たところまで。また機会があれば、今度こそ建物も確かめたいです。

今回いただいた御朱印

参拝した日、2026年10月24日にいただいた御朱印もスキャンしておきました。大きく書かれた「杭全神社」の墨書と朱印のほかに、青・緑・桃色・黄色の印が入っていて、思っていたよりにぎやかな雰囲気です。小さなキャラクターのような絵柄もあって、こういうところはついじっくり見てしまいます。

令和八年十月二十四日の日付が入った杭全神社の御朱印
2026年10月24日にいただいた杭全神社の御朱印。

今回の御朱印は、御朱印帳に直接書いていただきました。初穂料は500円。こうして見返してみると、墨書や朱印の重なりもきれいですね。御朱印の正式な種類についてはまだ確認できていないので、そこは無理に決めず、そのまま記録しておきます。

杭全神社の由緒と参拝メモ

杭全神社は平野郷の歴史と深く結びついた神社で、夏のだんじり祭でも知られています。社伝では、862年(貞観4年)に坂上当道が素盞嗚尊を祀る祇園社を創建したことが始まりとされています。その後、熊野の神々を祀る社殿が加わり、明治期に現在の「杭全神社」という社号になったと伝わっています。

  • 所在地:大阪府大阪市平野区平野宮町2丁目1番67号
  • アクセス:JR大和路線・平野駅から徒歩約6分(事前調査による目安)
  • 参拝日:2026年10月24日(土)
  • 御祭神:素盞嗚尊、伊弉册尊、速玉男尊、事解男尊、伊弉諾尊など(各本殿)
  • 御朱印:御朱印帳に直書きしていただいたもの。初穂料500円

今回は大鳥居を通りそびれ、連歌所も石碑までで、ちょっと宿題が残る参拝になりました。でも、現地で「あれ?」と思ったことを写真と一緒に残しておくと、あとから調べる楽しみもあります。次は御幸筋を大鳥居から歩くところから、もう一度回ってみたいですね。

境内で撮ったほかの写真は、この下の「境内の写真・動画」ギャラリーにまとめています。

参考にした公式情報

参拝記録

神社ガイド

都道府県
大阪府
所在地
大阪市平野区平野宮町2丁目1−67
訪問予定日
2026-10-24
参拝日
2026-10-24

アクセスマップ

所在地:大阪市平野区平野宮町2丁目1−67

※地図はGoogleマップを利用しています。表示される経路と実際の入口が異なる場合があります。お車の場合は神社の公式案内もご確認ください。

境内の写真・動画

いただいた御朱印