参拝日:2026年11月7日(土)。大阪市中央区にある高津宮(こうづぐう)へ行ってきました。仁徳天皇をお祀りする神社で、落語「高津の富」でも知られる場所です。
今回は大鳥居から境内へ入り、石畳の参道と大きな石段を通って拝殿へ。住宅街のすぐ隣なのに、少し歩くだけで木々に囲まれた道が続くのが面白いところです。境内社にも立ち寄り、御朱印もいただきました。まずは写真と一緒に参拝の様子を残しておきます。
大通りに面した大鳥居から、石畳の参道へ

大きな白い鳥居をくぐった先は、すぐに広い境内があるわけではありません。両側に建物が並んだ石畳の道が続きます。鳥居の外は街の景色なのに、道の奥には緑が見えているのが印象的です。



参道を進むほど、鳥居のあたりとは景色が変わってきました。石柱、石橋、石灯籠と、立ち止まって見たくなるものが続きます。


石段を上って、拝殿へ


石段を上がると、木々に囲まれた拝殿が見えてきます。参道に比べて空間が開けていて、屋根の形も目に入ります。


拝殿の周りだけでなく、振り返って見た参道も写真に残しておきました。境内を歩いた方向で、見える景色が少しずつ変わります。

仁徳天皇をお祀りする高津宮
高津宮は仁徳天皇を主祭神とする神社です。大阪市の案内によると、貞観8年(866年)に清和天皇の勅命で社殿が築かれ、天正11年(1583年)の大坂城築城に伴い現在地へ遷座しました。1945年の空襲では神輿庫を残して焼失し、1961年に再興されたとされています。
- 本座:仁徳天皇
- 左座:応神天皇・仲哀天皇・神功皇后
- 右座:履中天皇・葦姫皇后
仁徳天皇の逸話として知られるのが、民家から炊煙が上がっていない様子を見て暮らしの苦しさに気づき、税を免じたという「民のかまど」の話。境内に立つ石碑も、そうした歴史とつながっているのかもしれません。碑文の内容は未確認なので、ここでは写真で見たものだけ記録します。


境内の安井稲荷神社
境内では、赤い鳥居が目を引く安井稲荷神社にも立ち寄りました。社号標には「安産守護」の文字があります。高津宮の公式案内によると、もともとは安井九兵衛の屋敷にあったお稲荷さんで、1912年に高津宮へ遷されたそうです。


陰陽石と谷末社――階段の先にあった神域
境内の一角にある、赤い手すりのついた急な石段。参拝時は名前が分からないまま撮影していましたが、あとから地図に投稿された案内板の写真を見つけ、階段途中の「陰陽石」と、階段下の「谷末社(たにまっしゃ)」という場所だと分かりました。高津宮の公式サイトでも確認できました。

階段の途中にある陰陽石
陰陽石(いんようせき)は、階段の中ほどにある一対の自然石。男女を象徴する形から、子孫繁栄や商売繁盛を願う信仰の対象とされてきました。写真には岩場と小さな祠も写っていますが、どの石が陰石・陽石に当たるかまでは写真だけで断定できないため、そのまま記録しています。

階段の下に鎮座する谷末社
階段を下り切った先にあるのが谷末社。小さな社殿には、次の三社が合わせて祀られています。
- 白菊社:草野姫命(かやのひめのみこと)/野の神
- 千年社:大市姫命(おおいちひめのみこと)/商売の神
- 常高社:大山祇命(おおやまつみのみこと)/山の神


参拝当日は名前を確かめられなかった場所ですが、あとから案内板と公式の由緒を照らし合わせることで、岩場の信仰と三柱の神様について知ることができました。参拝後に調べて発見が増えるのも、神社巡りの楽しさですね。
高倉稲荷神社の社殿
境内にはもう一つ、高倉稲荷神社もあります。朱塗りの社殿と独特の屋根の意匠が目を引きました。高津宮の公式案内では、芸能とゆかりのあるお稲荷さんとして紹介されています。



仁徳庭園と比売古曽神社
境内をさらに歩くと、仁徳庭園の植樹奉賛者の名前が記された小径がありました。木々や秋色の葉を眺めながら、ゆっくり歩ける場所です。

その先では比売古曽神社(ひめこそじんじゃ)にも参拝しました。境内の説明によれば、高津宮が現在の場所に遷る前からこの地に祀られていた神社です。御祭神は下照姫命。土地の歴史が重なっていることを感じさせる場所でした。


西坂――かつての「縁切り坂」
境内西側にある西坂には、昔「縁切り坂」と呼ばれたという言い伝えがあります。坂の形が、かつての離縁状である「三下り半」を思わせることから、そう呼ばれるようになったと案内板に記されていました。


絵馬殿と境内の石碑
境内に建つ、屋根のついた開放的な建物は絵馬殿(絵馬堂)。かつて高津宮が高台から大阪の町を望む景勝地として知られていたことを思うと、ここから景色を眺めた人々の姿も想像したくなります。

もう一つ、目に留まったのは勧善歌碑(かんぜんかひ)。幕末の儒学者・藤沢南岳が作った、人としての生き方を説く漢文の歌を刻んだ石碑だそうです。大きな石の表面いっぱいに文字が刻まれています。


七五三の季節を感じる境内
11月の境内には、七五三詣りの幟が立ち、色鮮やかな馬の絵馬も飾られていました。御朱印だけでなく、その季節ならではの境内の雰囲気も記録できたのがよかったです。

今回いただいた御朱印
今回いただいたのは高津宮の御朱印。中央に大きく書かれた「高津宮」の墨書と朱印、右上の赤い印が重なる、すっきりした意匠です。日付は令和八年十一月七日。

御朱印帳への直書きか書置きか、初穂料の金額はこの写真だけでは判断できないので、確認できたら追記します。
参拝を振り返って
大通りに面した大鳥居から、住宅の間の参道、石橋、広い石段、そして拝殿へ。高台の地形もあって、少し歩くたびに景色が変わる参拝になりました。境内社や碑など、写真を見返して初めて気になる場所もあります。
今回は参道から谷末社や陰陽石を含む境内社、御朱印まで、全32枚の写真で記録しました。あとから案内板の写真を見つけたおかげで、当日は名前が分からなかった場所の由緒も追記できました。岩場の小祠の個別の名前や御朱印の初穂料など、未確認のことは引き続き確認していきたいと思います。
参拝データ
- 神社:高津宮(こうづぐう)
- 参拝日:2026年11月7日(土)
- 住所:〒542-0072 大阪府大阪市中央区高津1丁目1−29
- 主祭神:仁徳天皇
- 御朱印:高津宮(令和八年十一月七日の日付)
- アクセス:Osaka Metro 谷町九丁目駅から徒歩圏内
参考情報
参拝記録
神社ガイド
- 都道府県
- 大阪府
- 参拝日
- 2026-11-07
